とり安さん インタビュー:仏に導かれた、とり職人への道
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とり安さん インタビュー:仏に導かれた、とり職人への道

Text: Minori Mukaida
Photo: Ariko Inaoka

本家尾張屋とは5代に渡るお付き合いの『とり安』さん。『宝鍋』はここの鶏と鶏だしが無ければスタートにも立てていませんでした。普段は対応していない地方発送にご協力いただけたのは、長いお付き合いの歴史があったから。尾張屋15代目とは小さい頃から気のおけない間柄だった4代目上田哲男さん、5代目上田恒義さんにお話を伺いました。

尾張屋本店の西側、京都のメインストリート烏丸通沿いに『とり安』はある。昼になると人気の唐揚げ丼を目当てにスーツ姿の会社員が列を作る。隣には『かしわ』の暖簾がかかった入り口があり「おそらく関西ではもううちとこだけ」(4代目哲男さん)と言う『切り売り』で鶏肉の販売をしている。

「今日はなんのお料理ですか?言うて、今日はすき焼き、水炊き、鉄板焼…それを聞いて、切り方変えて品物を変える、これが『切り売り』言うんです。」(哲男さん)

お料理によって、包丁の入れ方を変えるんですか?

「包丁の入れ方で味も変わります。冷蔵庫開けて鶏を見て、水炊きやったら脂ののったん、鉄板焼やったらあっさりしたやつ、それを考えるのが『切り売り』。古臭い売り方ですがこれは明治から変わってないんです。」

陳列された商品をグラムで注文するのが普通だが、この『切り売り』だからこそ生まれるお客様との会話が面白く、醍醐味だと恒義さんは言う。

家業をしていて感じる喜びは?

「やっぱり美味しいと言ってくれはる言葉が何より励みですね。」(恒義さん)
「老舗の料理屋さんで鶏を食べた人が、「とり安さんのが入ってる」と気づいてくれはると、あ、わかってくれてはるんや、と。わかってもらえることが嬉しいです。」(哲男さん)

水にこだわりはありますか?

「鶏に包丁入れる前に、必ず井戸水で水洗いして干す。水道水では絶対にだめなんです。鶏がらスープを炊くのもやっぱり井戸水。京都のお店はみなさんこだわってはりますけど、ご多分に漏れずうちもこだわってます。」(哲男さん)

ご家族で大切にしてることはありますか?

「みんな和気藹々でやってます。腹立ったことが10あったら10言うたらあかんのですわ、3くらい。あとの7は自分で飲み込まなあかん。袋全部開けたらあかんしね、ちょっと開けて空気だけ出す。それを自分の核みたいにしてます。せやないと人も続かへんし、他人さんならもっとやで、と言うてます。商売を長続きしようと思ったらそれが基本です。やっとこの頃わかってきたかなぁ。」(哲男さん)

家業を継ぐことに抵抗はありましたか?

「僕は後を継がないで、住職になるつもりやったんです。」(恒義さん)

なぜ仏道に?

「高校に入って少林寺拳法をやって、漢文が好きになって。坊さんになりたい!と思って仏教系の大学に行きました。卒業後は得度して、兵庫県の空き寺の住職になるつもりやったんです。ところが卒業式の時にお師匠はんに呼ばれて「そんな水に逆らうようなことしたらあかん」「家があるのに親不孝なことしたらあかん」と怒られたんです。出家欲は封印しましたけど、やっぱり今でも、朝、托鉢で禅寺のお坊さんが歩いてるのに遭遇するとついて行きたくなるねぇ。」(恒義さん)
「私は言うてくれはった先生に感謝してます。ようブレーキかけてくれはったと。私はいつまでも現役で、サポートしてあげられるように仕事するわな、と言うてます。」(哲男さん)

仏教と家業に通じるものはありますか?

「結局、美味しく食べてもらおうという信念ですね。やっぱり、鶏言うたら殺生の話になってくるんで。美味しく食べてもらうのが何よりなんです。」(恒義さん)

五戒を守ることを説く立場だった5代目。『美味しくいただく』心構えと感謝の気持ちが、とり安の雑味のない味わいをより一層澄んだものにしていくのだと感じます。
お二人の京言葉が優しくて、会話をするとホッとするような気持ちになるのは、とり安のお客様も、尾張屋の先代も、先先代も同じだったのだと思います。
この先、代が変わってもこの言葉は変わらないのでしょう。
「今日は何にしはりますか?」

この記事に使われている商品
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