麩嘉さん インタビュー: 生麩作りは手仕事。大事なことは指先からわかります。
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麩嘉さん インタビュー: 生麩作りは手仕事。大事なことは指先からわかります。

Text: Minori Mukaida
Photo: Ariko Inaoka

尾張屋の名物料理のひとつ『利休そば』は、利休麩と湯葉・三つ葉をのせ柚子の香りを効かせた温かいお蕎麦です。京都らしい食材に風情を感じられ、海外からのお客様にも大変喜ばれています。この利休麩(大徳寺麩)を作っておられるのが、麩嘉さん。京都御所にも麩を献上してきた京都を代表する御膳麩司です。伝統を紡ぐ生麩づくりについて、麩嘉7代目小堀周一郎さんにお話を伺いました。

見世庭から暖簾をくぐると、吹き抜けの作業場で手際良く麩まんじゅうを包んでいる姿が。さらに奥へ進み自動ドアを隔ててガラリと雰囲気が変わり、清潔感ある工場が現れる。「今いる職人はみんなどの作業も任せられます」(小堀社長)という職人達が、威勢よく声をかけながら、料亭など卸し先に合わせた30数種類もの生麩を作り分けていく。
目に入ったのは、積み上げられた木製の生麩の型。

今も木を使われてるんですね

「木っていうのは人間の血管と同じで水の通り道があるので、周りに水が通っている器で火を入れている状態になるんです。他の素材では蒸気の当たるところしか火が入りませんので、やはり木でないとダメなんです。木型も水にしっかり浸したものでないと、均等に火が入りません。」

水をたくさん使いますが、こだわりは?

「うちの店では地下70mから汲み上げた水を使っています。京都で作る生麩は京都の水で作っています。生麩の保水率は60%以上なので、良い水を使わないと美味しいものはできないです。
水質の良さはもちろん、井戸水が水温が15℃くらいで一定していることも生麩作りに向いています。発酵の具合など不安定な食材を作るために、一定した温度の水を使うのは理にかなってると思いますね。麩に使うグルテンを抽出するのにも相当な水を使わないといけないんで、水が豊富だからできる食材やと思います。」

麩の歴史は古く、鎌倉時代に禅宗の食材として中国から渡り、1700年半ばにグルテンに餅米を加えた今の形になったと言われている。
麩嘉では、商品によってグルテンの比率を変え、さらに発酵の段階でも微調整が欠かせない。
「発酵の進み具合は日々バラバラで、条件を整えても発酵をコントロールするのは難しいんです。
生地のコンディションを見ながら、それに合わせて商品を作っています。日々塩梅です。」

機械ではできない工程ですね

「機械は練るところだけしか使ってません。機械に合わせて生産効率の良い商品を作っても、美味しさが置き去りになってしまうんです。頼りになるのは五感です。発酵の匂い、見た目、手の感覚。それに時間などに対する一定の基準を使って、品質を保っています。人間は見た目とか時間とかに縛られがちなんですけど、わりかし必要な情報って指先に伝わってくるのが多いんです。生麩作りは手仕事。大事なことは指先からわかります。」

尾張屋の『宝鍋』では麩嘉の『手鞠麩』が華やかな彩りを添えており、この手毬麩も小堀社長のお母様章子さんの手仕事によるもの。ピンク色に染められた生麩を、指先で糸状に伸ばしながら小さな麩に巻き付け、みるみるうちに様々な細工の手毬が並べられる。「手が温かいと糸がプツプツ切れるんで、親父は氷水に手を浸しながらやってました」(小堀社長)年末などの繁忙期は、章子さんと小堀社長の奥様が並んで作業をしているそう。

宝鍋と手鞠麩

ご家族総出での作業ですね。家業をやっていての喜びは?

「昔からのやり方で、これが一番美味しいと思ってやっていますので、お客様に喜んでいただけるのが一番嬉しいです。」(章子さん)
「生麩って、別にお料理の素材として無くても良い素材やと思うんです。何かをきっかけに生麩を使われなくなる時代が来る可能性は大いにあると思っていて。でも、使っていただいているお店がある以上はその存在が紡がれているということだと思っています。」(小堀社長)

小堀社長の「無くても良い素材」という言葉に、伝統を継ぐ使命と覚悟を感じ思わず息を飲みました。
昔ながらの製法と職人の確かな指先で作られた生麩は、まるで伝統工芸のよう。
これからもずっと変わることなく京料理に彩りを添え、食を通じて四季や京の文化の豊かさを伝えてくれるでしょう。
今日も尾張屋では、名物『利休そば』がお客様の元へ運ばれています。

尾張屋の名物料理『利休そば』