福島鰹さんと、昆布の産地へ vol.1
繋がり

福島鰹さんと、昆布の産地へ vol.1

Text: Eri Ishida
Photo: Ariko Inaoka

京都の“おいしいもん”の中心には、出汁がある。すこしの味つけで十分なほど、うま味たっぷりのお出汁が取れる理由は、京都の地下水と利尻昆布にありました。

昆布と水の関係が、“うま味”の土台

尾張屋の1日は、出汁を取ることから始まります。
汲み上げた地下水に漬けた昆布を、濁らせないよう加減をしながら、ゆっくりゆっくり火にかけていく。そうして仕上げにサバやウルメなどの削節を合わせると、より一層うま味が増していきます。
熱々の椀から湯気とともに立ち上る、まろやかな出汁の香り。身体の奥深くに沁み入るような滋味深い尾張屋の“おつゆ”には、京都という土地にしか出せないうま味がある。その土台となるのが、昆布と水の関係です。

尾張屋の朝一番の仕事は、昆布の出汁取り。

京都盆地の地下には、はるか昔から豊富な清水を湛えた大きな水がめのような“水盆”が存在し、茶の湯や懐石をはじめ、水にまつわるさまざまな独自の文化が築かれてきました。出汁もその一つ。昆布は特に、軟水でこそいい出汁が取れることから、京都の地下水とはとても相性がよかったのです。尾張屋は、この地下水をもとに蕎麦をつくることを、代々家訓のように受け継いできました。

そして、この地下水がもっともうま味を引き出す相性のよい昆布が、尾張屋も愛用してきた利尻昆布です。尾張屋の出汁素材の調達を長らく支えてきてくれた出汁問屋「福島鰹」さんとともに、日本最北端に位置する利尻昆布の産地、利尻島と礼文島を訪ねました。

「福島鰹」副社長の福島武彦さん(右)と、支店長の小屋道雄さん(左)。

昆布が遠く離れた北海道から京都へと伝わったのは、いつ頃のことなのでしょうか?

江戸時代に盛んになった日本の各港を廻る海の交易ルートの影響が大きいと言われています。日本海側の各港で商品を売買しながら航行し、大阪と北海道を結ぶ「北前船」と呼ばれる交易船によって、北海道から大阪へと昆布が伝わり、そこから京都に伝わりました。
京都はもともと、内陸で山々に囲まれていることから魚介類が手に入りづらく野菜中心の食文化だったことに加えて、宗教の中心地ですから精進料理も発達していました。なので、当初は精進料理の中で扱われるようになったのだと思います。

日本の最北端の町、稚内の西に浮かぶ利尻島。利尻昆布をはじめとする豊かな海産物の産地として知られ、約4000人が暮らしている。島の中央に高くそびえる利尻山は、その美しい姿から“利尻富士”と呼ばれ、漁業の目印として、また航海の安全や豊漁を祈願する対象としてあがめられてきた。

もとは御所や禅宗のお寺に蕎麦菓子を納めていたところ、お寺で精進料理として食べられていた蕎麦づくりを請け負うようになったという尾張屋の歴史に照らしても、通じるところがありますね。

そうですね。出汁文化の成り立ちには諸説あるので、はっきりと「いつから、どのように使われるようになった」と断言はできないのですが、その頃、禅僧で食べられていたお蕎麦は、精進料理の観点からも昆布出汁のおつゆだったのかもしれませんね。また、一般庶民の間で昆布や鰹が食べられるようになるのは明治以降になりますが、食生活の中心だった野菜を生かすための創意工夫として、出汁が巧みに使われるようになっていったのではないかなと思います。

京都の蕎麦が禅宗から広がったというのは、日本人でも知らない人が多いかもしれません。関西と関東とでは、同じ蕎麦でも異なる料理と言えるほど、“つゆ”がまったく違いますよね。

昆布で出汁を取るのに一番重要なのが、水質が軟水であることなんです。関西地方は軟水なので昆布出汁ととても相性が良く、さらに鰹節や雑節と合わせることでうま味が倍増し、調味がほとんど必要のないおつゆをつくることができました。逆に、関東にはルート的に昆布が伝わるのが遅かったこともありますが、水質が“硬水”なので、昆布出汁には不向きだった。なので、自ずと醤油でうま味を補填する、見た目にも色の濃い蕎麦つゆになったんです。

日本固有の5番目の味覚として、世界にも知られるようになった“うま味”。昆布に含まれるグルタミン酸と、かつお節をはじめ魚の削節に含まれるイノシン酸。この2つの成分を掛け合わせることで、格段にうま味が増す。

日本の昆布の産地はほとんどが北海道で、利尻、道南(真昆布)、羅臼、日高など、エリアによって種類がわかれていますが、京都で特に利尻昆布が好まれるのには、どんな理由があるのでしょうか?

産地それぞれに良さがあり、どの種類が好まれるかはその土地土地の風土との相性によるところが大きいのですが、関西で言えば、利尻昆布と真昆布が好まれています。どちらもしっかりとしたうま味がありつつ、臭みのない澄んだ出汁が取れるのですが、利尻にはより上品な深い香りがあり、鰹節や雑節を合わせた時に、料理に使う素材本来の味を邪魔せずに生かすことができる。尾張屋さんは、特にこの香りを好まれているんだと思います。

関連記事福島鰹さんと、昆布の産地へ vol.2