福島鰹さんと、雑節の産地へ Vol.1
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福島鰹さんと、雑節の産地へ Vol.1

Text: Eri Ishida
Photo: Ariko Inaoka

昆布と魚の節との掛け合わせから生まれた日本固有の味覚である“うま味”のルーツは、関西にあり。蕎麦にうどん、古くから庶民の日常食だった麺類の“おつゆ”に欠かせない、メジカやサバなどの雑節の産地を訪ねます。

尾張屋のおつゆを支える、伝統製法による節づくり

京都の地下水で抽出した昆布出汁の鍋を火にかけ、沸騰する直前に削節を載せる。「もったいぶらず、たっぷりと」が肝心。透き通った昆布出汁の中をひらひらと削節が舞い、鍋底へ落ちていく。沈み切ったら、風味抜群のお出汁が完成します。

牛深の伝統的な雑節づくりの最後の工程が天日干し。たっぷりの太陽を浴びせ芯まで乾燥させる。

関西の水は軟水であったため昆布との相性がよく、さらに魚の節と掛け合わされたことで生まれた関西出汁の妙味。同じ京都といえども、扱う素材、配合具合、料理人の匙加減などによってその味わいは百人百様。香り高くすっきりとした味わいの中にも滋味深いコクが感じられる尾張屋のお出汁の背景には、布と同様、ひと手間もふた手間もかけた昔ながらの製法を守り続ける雑節づくりがありました。
昆布から雑節まで、長らく尾張屋の出汁素材の調達を担当してきた出汁問屋「福島鰹」さんの案内で、日本一の雑節の産地として名高い熊本県・牛深の生産者・小川清彦さんの加工場を訪ねます。

左から、福島鰹の小屋道雄さん、小川水産の小川清彦さん・恵子さんご夫妻、福島鰹の福島辰治さん。

「削節」と聞いて、まず思い浮かべるのは「鰹節」で、「雑節」に聞き馴染みのない人も今では少なくないと思います。雑節には、どんな種類と特徴があるのでしょうか?

雑節の代表的な魚種は、ウルメ、サバ、宗田鰹。尾張屋さんをはじめ、関西ではこの3種が麺類の出汁によく使われてきました。特に、ウルメはしっかりとしたうま味とコクのある関西出汁には欠かせない節で、サバには上品なコクがあり、大正時代の初期に大きく需要が増えました。また、関西では“目近(メジカ)”と呼ばれる宗田鰹は、鰹よりも魚体は小さいけれど、鰹よりもはっきりとした香りとコクに加えて酸味があり、香りを好む京都で特に親しまれてきました。

東シナ海に面した牛深は古くからイワシの水揚げが多く、イワシの煮干しは牛深で発祥したと言われている。節づくりの重要な工程である燻製も、煮干しづくりから派生した。

雑節はいつごろから使われるようになったのでしょうか?

節の発祥をはっきりと辿ることはできないのですが、大きく発展していったのは江戸時代です。出汁素材としては、鰹節以前に煮干しが使われていましたが、平和な江戸の時代が到来して商人が活躍するようになったことで鰹節の流通が盛んに。それでも、当時は献上品で一般庶民が日常的に口にできるものではなかったため、鰹節に類するものとして雑節がつくられるようになったと言われています。漁で魚がたくさん獲れた時の保存食でもあり、燻す、天日に晒す、発酵させるなどのさまざまな知恵から節がつくられるようになりました。

燻製したあと節の状態を確認して、海風に晒す。

今回訪問したのは、大小120余りの島からなる天草諸島の最南端に位置する熊本県・牛深地方。日本で一番の生産量を誇る雑節の産地です。その中でも生産者の小川清彦さんは特に、昔ながらの製法を守り継がれているそうですね。

雑節の大きな産地としては、静岡や鹿児島ではサバ節、牛深ではウルメ節が有名でした。ウルメ節は、愛媛や静岡でもつくられていたのですが、時代とともに水揚げ量が減っていったことで縮小し、牛深は近隣の港から取り寄せてでも積極的につくっていこうという動きがあったので、今も日本で一番の雑節の産地であり続けています。

ですが、日本一といえども、気候変動などさまざまな環境の変化から年々水揚げ量が減っていると聞きますし、高齢化によって働き手が減ってきていることからどうしても機械を導入せざるを得ないという状況もあります。そんな中でも、小川さんは機械を使わず手間のかかる昔ながらの伝統的な製法で本来の味を守り続けている。数少ない貴重な生産者のおひとりです。

牛深港は、古くから自然条件にすぐれた天然の良港として栄えてきた。
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