どいちなつさん インタビュー : かけてた色眼鏡を外したら、目の前のとってもいいものに気がつけた。
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どいちなつさん インタビュー : かけてた色眼鏡を外したら、目の前のとってもいいものに気がつけた。

Text: Minori Mukaida
Photo: Ariko Inaoka

第2回のまかないレシピは、淡路島を拠点に活躍されている料理家 どいちなつさん。その暮らし ぶりで人気を集め、『心に風キッチン』で開かれる料理教室はいつも満席です。 洲本にあるちなつさんのアトリエを訪ねて、お話を伺いました。

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隣の小屋はコンポストトイレを採用、環境に配慮しつつ堆肥にもなる

洲本の街から車で10数分、坂の途中に映画のセットのような小屋がある。元は集乳所だった建物を、淡路瓦もそのままに古材を生かし息を吹き込んだのが『心に風キッチン』だ。中に入ると、写真で見ていたよりすべてが小さくかわいらしい。「わたしに合わせてあるの」(ちなつさん)と言 う通り、キッチンのテーブルカウンターの高さ、オーブンの位置、器具の配置に至るまで、小柄なちなつさんが取り回ししやすいように計算されている。「ここからの景色が一番いいから、こちらへどうぞ」と招かれ座ると、小屋の窓から見える風景が一枚の絵画のようだ。

「この子はスイートグラス。この子はヤロウ、夏至の頃にね、花を咲かすの。」 畑を歩きながら、ハーブを一つ一つ紹介してくれる。土の中で根を伸ばし元いた場所とは別のところで育つハーブを見つけると「自然の営みの中で彼らが移動しているでしょ、だからそのままにしてるの」と目印に木の枝を挿す。見渡す限りのハーブ畑、雑草の手入れも大変でしょうと案じると「雑草も好きなの。厄介な子もいるけど、ハーブは彼らとともに育っているからね。」と、どこまでも慈愛に満ちている。

この場所を選んだ理由は?

「こだわりを手放して、ほどほどに諦めたからかな。都会に住んでいた頃から、いずれ暮らしを変えていこうという想いはあったけれど、子どもが巣立ってからと段取りしてたの。でも、3.11をきっかけに、このまま自分の気持ちを置いておくわけにはいかないと思って、家族と相談して新しい暮らしに向けて一年で準備して引っ越すことに。すぐそばに祖父母がいる環境は子どものメンタルも安定するかと、故郷の淡路島に移住を決めたの。住むのはこういう家で…って妄想するのだけど、結局見つからないままタイムリミットがきて、ひとまず実家に仮住まいすることになったのが、1つ目の諦めかな。 それから5年くらい理想の家を探していたのだけれどなかなか見つからなくてね。ある時、自分たちの場所は自分たちで作ろうって思ったの、どこでもいいからまず畑を決めよう!って。そんな話をした数日後に、知り合いから電話がかかってきて、今の畑を借りることになったの。実家から畑へ向かう道中にはかわいい小屋があるねって、ここで休憩したり作業できたらいいなと、持ち主さんを探したら畑と同じ方の建物だとわかってね、それがここ、心と風キッチンなのよ。」

急展開ですね

「そうなの。トントンと話が進んで小屋も借りることになったの。長く使われていなかった小屋の掃除や片付けしてる間に、子どもの大学進学が決まって、いよいよ巣立ちの時がやってきたの。こんな家でこんなことをして…という想いは置いておいて、とにかくこのタイミングで仮住まいの実家を出よう!と家族で話した数日後に、また知人から電話がかかってきてね、畑とここの間にある今の家に住むことになったの。すべてがベストのタイミングで流れていったかな。」

ネガティブな「諦め」とは違いますね

「そう、理想やこだわりを手放したら縁がやってきて、かけてた色眼鏡をパッと外したら、目の前にとってもいいものがあって、それに気づけたのかもね。理想にばかり目がいってここが見えてなかったのね。」

「長野の郷土そばの”どうじそば”と二択だったの。山菜が採れはじめの頃だし、筍とゼンマイを合わせたつけだれもいいなって思ったのだけど、朝に畑へ行ってみたら、ハーブの花が咲き始めてて、野草の柔らかな新芽を見つけたものだから、これは今しかないなって。それで”サラダそば”を作ることにしました。ポイントは『手に入る今のもの』。来月になったらまた別の種類のハーブや野菜が出てくるでしょ、例えばさっと茹でたアスパラとかを使うのも美味しそう!その時にあるものでアレンジしてみるのもいいと思うの、お蕎麦がバランスしてくれるイメージで。」

畑がインスピレーションをくれる?

「それはよくあります。あと、産直スーパーもインスピレーションの宝庫。産直や畑に出かけた時に、いいなって感覚的に感じるものを買ってきたり摘んできて、それからメニューを決めることもあるの。お蕎麦はベーシックな安定感があるでしょ、だから合わせる素材は遊び心をそののままに『まかないレシピ』を作らせてもらいました。」

ちなつさんにとってお蕎麦はどんな存在ですか?

「淡路島もうどん文化でね、子供の頃、食卓にたまに並ぶお蕎麦はやわらかいものだったから、蕎麦とはそういうものと育ったの。大人になって上京した時、関西出身の友達が「まず、蕎麦を食べに行こう」って連れてってくれたのが、せいろと海老一本、みたいな店だったの。それがとっても粋で、私がこれまで食べてた蕎麦と全然違おいしさで!蕎麦の新しい扉が開いたの。それから東京ではお蕎麦をよく食べてたの。」

「今度、尾張屋で温かいお蕎麦食べてみて」(亜里子)

「お蕎麦の新ジャンルに突入するかもね。別の食べ物くらいの出会いがあるのかな、楽しいみ!次回ぜひ!」

”丁寧に生きる”という言葉が聞かれるようになり随分経ち、皆、自分なりの”丁寧”に折り合いをつ けて暮らしています。映画『西の魔女は死んだ』で、主人公は森に暮らすおばあちゃんと過ごし、 自然への感謝を学び、心を洗い、都会に戻りました。”丁寧”に身を投じ魂が喜ぶことを軸に生きて いるちなつさんの元を訪れた人達も、その空間に浄化され、自分を整え満たされて、それぞれの 場所へ帰っていくのだと思いました。 太陽が朝露を輝かせ畑が白く光る中、植物と会話をし、山と水に祈る。まるでホワイトウィッチ のようなちなつさん。また季節が変わる度、会いに行きたいです。

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